食材から辿る / 在来

濃口醤油 素材 時期 C検証済

原産地 日本 ・ 成立年代 1697–1800

濃口醤油が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

日本の代表的な醤油(全国生産の約8割)。関東(下総=現在の千葉県 野田・銚子)で江戸中期に確立した本醸造の様式で、蒸した大豆と炒った小麦をほぼ等量で麹にし、食塩水と仕込んだ諸味を6〜8か月熟成させて搾る。文献初出=1697年(元禄10)人見必大『本朝食鑑』が、大豆一斗・精白大麦一斗・塩一斗を仕込み75日で汲む醸造醤油の製法を記す(この時点の麦はまだ大麦=濃口の直接前身)。江戸中期に麦が小麦へ置き換わり現行の濃口配合が固まる(〜1800年ごろ)。初出は存在の上限であって発祥年ではなく、関東の醸造家は 銚子・田中玄蕃家1616年、下総ジョウジュウ印1661年、銚子・濱口儀兵衛1700年 と17世紀に集積しており、成立は幅を持つ。江戸市場では上方からの下り醤油を関東地廻り醤油が1770年代に凌ぎ、化政期(1804–1830)に主流化したが、これは成立でなく普及・流通の事象

3ゲート

食材入手ゲート
原料の大豆・小麦・塩はいずれも日本で在来かつ潤沢(大豆は縄文中期までに列島で選抜・栽培=到来行あり/小麦は弥生期以降の在来穀物/塩は製塩で在地供給)。したがって外来食材の律速はなく、律速は入手①の経路=加工(関東型の濃口醸造法の確立、1697年ごろ〜1800年ごろ)
調理技術ゲート
本醸造(関東濃口醸造法): 蒸煮した大豆と炒って挽いた麦をほぼ等量に混ぜて種麹で製麹し、食塩水とともに桶へ仕込んで諸味を撹拌しながら熟成(『本朝食鑑』1697は75日、現行は6〜8か月)、圧搾して生揚げを得て火入れする。大豆主体で麦の少ない溜まり系(関西の下り醤油・溜り)と異なり、麦を等量使うことで香りの高い濃口となる
場ゲート
醸造家(下総・野田/銚子の醤油醸造業)と、利根川・江戸川の水運で江戸市場へ大量に送る流通が担い手。産地の醸造蔵で作られ、都市江戸の町人の食卓(そば・蒲焼・煮物の甘辛い汁)に供給された。原産地での成立は醸造

各地への伝来 2

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 1697〜1800頃 日本 在来加工
  • 1697〜1804頃 江戸 在来流通

濃口醤油の到来が成立を縛った料理 3

濃口醤油が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

濃口醤油を使う料理 2

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