食材から辿る / 新大陸(コロンブス交換)
パイナップル 素材 時期 C検証済
パイナップルが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- パイナップル(Ananas comosus)の栽培化@南アメリカ。栽培化の地は、ギアナとみる説(Coppens d'Eeckenbrugge ほか 2018)と、パラナ・パラグアイ水系とみる古い説(ベルトーニ 1919)に割れる。栽培化は6000年以上前とされる(Chen ほか 2019)
- 調理技術ゲート
- 完熟果実の生食(可食化に特別技術不要)+種なし化の選抜栽培
- 場ゲート
- 在地の栽培・生食(栽培化=食用と同年)
パイナップルはどこから広がったか
パイナップル(Ananas comosus)は南アメリカの果実である。どこで栽培されはじめたかについては、二つの見方がある。新しい研究は、栽培化の中心をおそらくギアナ(南アメリカ北東部)とみて、アマゾン西部をもう一つの中心と考える。二十世紀の初めに唱えられた古い説は、パイナップルの仲間(パイナップル属)が生まれた土地をパラナ川とパラグアイ川の水系——いまのブラジル南部からパラグアイにかけての一帯——に置き、そこを出たグアラニーの人々が栽培を熱帯アメリカへ広げたとする。栽培の歴史は長く、6000年以上前にはすでに栽培化されていたとみられる。南アメリカで見つかった植物の遺物には、3500年前のものがある。
選抜の要点は、種をなくすことだった。野生のアナナスの実には硬い種が詰まっている。種の入らない実をつける株を選び、株元から出る吸芽や実の上の冠芽を挿して殖やせば、その性質はそのまま次の代へ受け継がれる。人の手で株を分け続けることによって、種のない甘い実が畑の常のものになった。
熱帯アメリカへ
食べるのに手間はいらない。熟した実を切るだけで口に入るので、栽培の届いた土地では、そのまま果物として受け入れられた。パイナップルはアマゾンやペルーの海沿いで3000年以上前から栽培され、2500年以上前にはメソアメリカにも達している。スペイン人が到着するよりはるか前のことで、のちのマヤやアステカでもこの果実が育てられていた。15世紀の終わりには、熱帯アメリカのきわめて広い範囲にパイナップルが分布している。
南アメリカで選び出された種のない果実は、ヨーロッパ人が新大陸に着くよりも前に、大陸の熱帯をほぼ覆っていたのである。
各地への伝来 2
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 時期不明 ギアナ 在来在地栽培
- 時期不明 メキシコ 在来在地栽培
パイナップルを使う料理 1
- マンチャマンテレス メキシコ・プエブラ1519年ごろ