マカロニアンドチーズ 時期 B起源説 C検証済
確度は2軸: 時期=成立時期の固さ/起源説=発祥譚(説)の固さ(A〜Dの4段階・別々に持つ)。確度とは?→
暴かれた通説あり出典で反証された通説を抱える料理です(真の起源は未確定のことが多い)。
お気に入りリスト
アメリカの家庭料理の代名詞のような一皿には、ジェファーソン大統領が発明したという有名な逸話がある。だが彼の邸宅モンティチェロを管理する財団自身がこの話を否定しており、マカロニとチーズを合わせる料理は中世ヨーロッパの写本にまでさかのぼる。
検証ハイライト 俗説 → 判定 → 根拠
- 主な説
- パスタ+チーズの料理形は14世紀のナポリ系写本 Liber de coquina(de lasanis)に遡り、同世紀の英 Forme of C…
- 判定
- 諸説あり(対立説を併記)
- 主な根拠
- 反証Thomas Jefferson, no date, Maccaroni Recipe and Press Design (autograph manuscript), Thomas Jefferson Papers, Series 1, Microfilm Reel 056 — Library of Congress mtjbib025781重み5 不明Apicius, De Re Coquinaria 4-5(練り生地シート lagana 4.II.14-15/tracta 4.III・5.I.3 PVLTES で tracta を乳 lac に割り入れる)— 古代ローマの練り生地=パスタ前史の一次史料重み5
史料が示すこと: だが、パスタとチーズを焼き合わせる料理は、ジェファーソンが渡仏する1784年より前からフランスで広まっていた。ジェファーソンの邸宅モンティチェロを管理する財団自身も、彼が発明者でも最初の導入者でもないとはっきり述べている。実際、パスタとチーズを合わせる料理の歴史ははるかに古い。14世紀ナポリの写本『料理の書(Liber de coquina)』には、パスタとチーズを合わせる一品(de lasanis)が載っている。同じ世紀のイングランドの料理書『料理の形(Forme of Cury)』(1390年)には、同じくパスタとチーズを合わせる料理が「makerouns」の名で現れる。18世紀のイングランドでは、エリザベス・ラファルドが1769年の料理書に、クリームとバターで煮たマカロニを皿に盛り、上にパルメザンをのせて焼き色を付ける一品を載せている。アメリカのマカロニアンドチーズをこうした英国のチーズパスタの流れを汲むものとみる説がある一方、独立した一皿として形を整えたのはアメリカの食卓だとみる説もあり、起源をどちらに置くかは定まっていない。いずれにせよ、パスタとチーズを合わせる料理は、ジェファーソンより何世紀も前からヨーロッパにあった。ヘミングスが果たしたのは「発明」ではなく、アメリカでこの料理を調理して供し、広めることだった。ヘミングスはパリ修業中にこの料理を覚え、帰国後に供したにすぎない。ジェファーソン自筆のマカロニのレシピ(年代の記されていない手稿で、米国議会図書館所蔵)は残っているが、これも奴隷として仕えた料理人の誰かの口述を書き取った可能性が高い。モンティチェロの財団は、その例としてヘミングスと、料理人イーディス・フォセットの名を挙げている。アメリカで最初に出版されたレシピはメアリー・ランドルフ『ヴァージニアの主婦(The Virginia House-Wife)』(1824年)である。初めて記録に現れることと、そこで生まれたこととは別のこと。ジェファーソンは普及の担い手であって、発明者ではない。 なお「Jefferson/Hemings発明説」という通説は一次史料・学術文献で退けられている。
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 硬質小麦のマカロニとチーズは旧大陸由来。米国へは18世紀に持ち込まれ国内流通が下限
- 調理技術ゲート
- 乾麺の茹で+チーズ・バターと層に重ねてオーブンで焼く(Randolph のレシピの形)
- 場ゲート
- 家庭・コンフォートフード(南部発の家庭料理として米国に定着)。1937年クラフト箱入りは普及であり成立ゲート外
成立年代と食材入手ゲート
食材入手(1769年・在地/到来)が律速=物理的な下限。成立年代の帯はそれ以降にある(場ゲートは年に乗らない構造ゲート)。
- 食材入手(流通/在地/加工の経路を内包)
- 太線=律速(最も遅い=成立を縛る)
- 細線=既に充足
- 場ゲートは年に乗らない構造ゲート(図外)
検証メモ: 中世ヨーロッパ(イタリアのLiber de coquina、イングランドのForme of Cury 1390)に源をもつ。18世紀イングランドではRaffald(1769)が、クリームと小麦粉をまぶしたバターで煮たマカロニを皿に盛り、上にパルメザンをのせて焼き色を付ける料理を記している(オーブンでは焼かない)。アメリカではジェファーソンとヘミングスが広め、Randolph 1824がアメリカで最初に出版されたレシピとして定着した(マカロニ・チーズ・バターを重ねてオーブンで焼く)。成立の決め手はアメリカでの定着という様式にあり、マカロニとチーズは18世紀の植民地交易で恒常的に手に入ったため成立の制約にはならない。1937年のクラフト製品は普及段階のもので成立そのものには関わらない。フィリーチーズステーキなどとは別の独立した料理。起源をめぐっては中世ヨーロッパ起源とアメリカ定着の両説があり、諸説あって定まらない。
起源説
諸説併記
中世欧州(伊→英)起源説 B
パスタ+チーズの料理形は14世紀のナポリ系写本 Liber de coquina(de lasanis)に遡り、同世紀の英 Forme of Cury(1390)に makerouns として現れる。18世紀英国では Elizabeth Raffald『The…続きを読む
パスタ+チーズの料理形は14世紀のナポリ系写本 Liber de coquina(de lasanis)に遡り、同世紀の英 Forme of Cury(1390)に makerouns として現れる。18世紀英国では Elizabeth Raffald『The Experienced English Housekeeper』(1769年 Manchester 初版 p.261)の『To dress Macaroni with Permasent Cheese』が、茹でたマカロニをクリームと小麦粉をまぶしたバターで5分煮て皿に盛り、上一面にパルメザンをのせて焼き色を付ける料理を記す(原文 lay all over it Permasent Cheese toasted)。オーブンで焼く料理ではなく、チーズはソースに溶かさず上にのせる。米マカロニ&チーズはこの英国経由のチーズパスタの直接の子孫であり、起源は欧州中世にある。
- 言及 Apicius, De Re Coquinaria 4-5(練り生地シート lagana 4.II.14-15/tracta 4.III・5.I.3 PVLTES で tracta を乳 lac に割り入れる)— 古代ローマの練り生地=パスタ前史の一次史料 重み5
- 言及 Elizabeth Raffald, The Experienced English Housekeeper (Manchester: J. Harrop for the author, 1769 初版) p.261 — Internet Archive b30522134 重み5
- 支持 First macaroni and cheese — Guinness World Records (Liber de coquina, 14C Naples) 重み3
- 言及 Macaroni and cheese — Wikipedia 重み1
- 支持 The Forme of Cury (1390, Richard II's cooks) — 'makerouns' 一次史料 (Middle English text) 重み1
米国定着説(ジェファーソン/ランドルフ) B
現行『マカロニアンドチーズ』を独立した米国料理として定着させたのは18-19世紀初頭の米国。Thomas Jefferson が仏で関心を持ち James Hemings が持ち帰り1802年の公式晩餐で供された。米国で最初に出版されたレシピは Mary Randolph『The Virginia House-Wife』(1824, マカロニ・チーズ・バターを層に重ね高温で焼く3材料)。料理様式としての米国定着年(18-19C)が成立を律速する。
- 支持 Thomas Jefferson, no date, Maccaroni Recipe and Press Design (autograph manuscript), Thomas Jefferson Papers, Series 1, Microfilm Reel 056 — Library of Congress mtjbib025781 重み5
- 支持 Mary Randolph, The Virginia House-Wife, or, Methodical Cook (1830年版) p.87 — Internet Archive virginiahousewi00rand 重み5
- 支持 Macaroni — Monticello Encyclopedia (Jefferson, pasta mould 1789/93, imported macaroni) 重み3
- 支持 There Was No American Regional Cuisine Until One 'Virginia Housewife'… (Smithsonian Magazine) 重み2
- 支持 Macaroni and cheese — Wikipedia 重み1
反証
Jefferson/Hemings発明説(俗説・反証) D
通俗的に『Thomas Jefferson(またはその奴隷料理人James Hemings)がマカロニ&チーズを発明した/米国に初めて持ち込んだ』とされる。だがJefferson財団(Monticello)自身がこれを否定: pasta+cheeseを焼く料理…続きを読む
通俗的に『Thomas Jefferson(またはその奴隷料理人James Hemings)がマカロニ&チーズを発明した/米国に初めて持ち込んだ』とされる。だがJefferson財団(Monticello)自身がこれを否定: pasta+cheeseを焼く料理はJeffersonの渡仏(1784)以前に既に仏で普及しており、HemingsはParis修業中に習得したにすぎない。発明でも初導入でもない。Monticello百科が一次史料として挙げる1802年の記録は、大統領官邸の晩餐(1802年2月6日)を書いたManasseh Cutlerの日記『a pie called macaroni』(Cutler 1888, 第2巻 pp.71-72)。カトラーには濃い皮に玉ねぎかエシャロットの細切りを詰めたものに見えたが、同席のルイス氏がその場で『玉ねぎは入っていない。イタリア料理で、玉ねぎに見えたのは小麦粉とバターでできたもの』と答えている。玉ねぎ入りはカトラーの見立てにすぎない。日記はチーズに触れておらず、現行のチーズ料理と同じものとは確かめられない。Jefferson自筆のマカロニのレシピ(米国議会図書館蔵)は現存するが、年代は記されていない(議会図書館の目録も財団の注も無日付とする)。中身は卵・牛乳・小麦粉の生地を薄く延ばして切る麺の作り方で、最後に「マカロニのように仕立てる」とあり、財団はこれをチーズと層に重ねることと注している。財団は、このレシピは奴隷として仕えた料理人の誰かの口述を書き取った可能性が高いとし、例としてジェームズ・ヘミングス(1765〜1801年・1784年7月から1789年10月までパリに滞在)とイーディス・ハーン・フォセット(財団は1787年生まれとし、1802年に15歳で大統領官邸の厨房で修業を始めた)の名を挙げる。2人が料理人として仕えた時期は重ならず、どちらの口述かは決まっていない。Hemingsは『発明』でなく米国での『調理・供与・普及』に寄与した、が史実。
- 言及 Thomas Jefferson, no date, Maccaroni Recipe and Press Design (autograph manuscript), Thomas Jefferson Papers, Series 1, Microfilm Reel 056 — Library of Congress mtjbib025781 重み5
- 言及 William Parker Cutler and Julia Perkins Cutler, Life, Journals and Correspondence of Rev. Manasseh Cutler, vol.2 (Cincinnati: Robert Clarke & Co., 1888) pp.71-72 — Internet Archive lifejournalscorr02cutl 重み5
- 言及 Jefferson's Notes on Macaroni, [after 11 February 1789], The Papers of Thomas Jefferson, vol. 14, ed. Julian P. Boyd (Princeton: Princeton University Press, 1958), p. 544 — Founders Online(Wayback Machine 2025-11-21 版) 重み4
- 反証 Macaroni — Monticello Encyclopedia (Jefferson, pasta mould 1789/93, imported macaroni) 重み3
- 言及 Edith Hern Fossett — Thomas Jefferson Encyclopedia, Thomas Jefferson Foundation (Monticello)(Wayback Machine 2022-06-10 版) 重み3
- 言及 James Hemings — Thomas Jefferson Encyclopedia, Thomas Jefferson Foundation (Monticello)(Wayback Machine 2022-07-11 版) 重み3
解説
中世の写本から米国の食卓へ
マカロニアンドチーズは、茹でたマカロニにチーズソースを絡めて焼き上げる、アメリカを代表する家庭料理である。手軽で温かく心を満たすコンフォートフードとして、とりわけ南部の家庭から米国全土に広まった。
パスタとチーズを合わせる料理は、アメリカより先にヨーロッパにあった。十四世紀のナポリ系の写本『Liber de coquina』にはパスタにチーズを用いる料理が記され、同じ世紀の英国の料理書『The Forme of Cury』(一三九〇年、リチャード二世の料理人たちによる)には「makerouns」の名で現れる。十八世紀の英国では、エリザベス・ラファルドが一七六九年の料理書『The Experienced English Housekeeper』に、パルメザンチーズを使うマカロニ料理を載せている。茹でたマカロニを鍋に移し、クリームと、小麦粉をまぶしたバターを加えて五分ほど煮る。それを皿に盛り、上一面にパルメザンをのせて焼き色を付け、冷めやすいので湯を入れて保温する皿にのせて食卓へ出す。オーブンには入れず、チーズもソースに溶かさずに上にのせる料理だった。米国のマカロニアンドチーズを、こうした英国のチーズパスタの流れを汲むものとみる説がある一方、独立した一皿として形を整えたのは米国の食卓だとみる説もあり、起源をどちらに置くかは定まっていない。
マカロニもチーズも旧大陸の産物で、十八世紀の植民地交易を通じて米国に運ばれ、いつでも手に入るものになっていった。一八〇二年には大統領官邸の晩餐にマカロニの料理が珍しい一品として出され、一八二四年にはこの料理のレシピを初めて載せた米国の料理書が出版される。十八世紀末から十九世紀初頭にかけて、この料理は米国の家庭の皿として根づいていった。一九三七年に売り出されたクラフトの箱入りの製品は、すでに家庭にあったこの料理を全米へさらに広げたもので、料理そのものの始まりではない。
検証ストーリー
「ジェファーソン大統領がマカロニアンドチーズを発明した」——あるいは「彼に仕えた奴隷料理人ジェームズ・ヘミングスがアメリカに初めて持ち込んだ」。この一皿には、そんな建国期の英雄譚がついて回る。だが、ジェファーソンの邸宅モンティチェロを管理する財団自身が、この話を否定している。
財団の事典によれば、パスタとチーズを焼き上げる料理は、ジェファーソンが渡仏する一七八四年より前から、すでにフランスで広く食べられていた。ヘミングスはパリでの修業中にその製法を覚えたのであって、無から生み出したわけでも、未知の料理を新大陸へ初めて持ち込んだわけでもない。彼が果たしたのは「発明」ではなく、米国での「調理・給仕・普及」だった。
「発明の物証」として持ち出されることのある、年代の記されていないジェファーソン自筆のマカロニのレシピ(米国議会図書館蔵)も、彼の創案を示すものではない。彼に奴隷として仕えた料理人の誰かの口述を書き取ったものである可能性が高く(財団はジェームズ・ヘミングスやイーディス・ハーン・フォセットを例に挙げる)、自筆であることは作者であることを意味しない。
同じ事典が挙げる一八〇二年の記録も、いまのチーズの一皿にそのまま重なるわけではない。この年の二月六日、大統領官邸の晩餐の席にいたマナセ・カトラーは、日記に「マカロニという名のパイ」を書きとめた。カトラーの目には、厚い皮に玉ねぎかエシャロットの細切りを詰めたものに見えた。ところが同席していたルイスという人物が、その場で「玉ねぎは入っていない。これはイタリア料理で、玉ねぎに見えたのは小麦粉とバターでできたものだ」と答えている。日記はチーズに触れておらず、このパイがいま思い浮かべるチーズの一皿と同じものかは確かめられない。
米国で最初に出版されたこの料理のレシピは、メアリー・ランドルフが一八二四年に出した料理書『The Virginia House-Wife』に載る。一八三〇年の版に載る作り方は、牛乳と水で茹でたマカロニを皿に敷き、チーズとバターを重ねて強火のオーブンで焼くというもので、ソースは作らない。皿に重ねるのはマカロニとチーズとバターだけである。大統領の食卓に珍しい一品として上ったマカロニは、それから二十年あまりで、家庭向けの料理書にも作り方が載るものになっていた。
検証ログ 追記専用の監査証跡
| 日付 | 結果 | 確度 | 主張 / 出典 | 更新者 |
|---|---|---|---|---|
| 2026-06-27 | 支持 | C→B |
🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ) パスタ+チーズ料理形は中世欧州(14C 伊Liber de coquina / 英Forme of Cury 1390 makerouns)に遡り、現行米マカロニ&チーズは英ベシャメル系(Raffald 1769)経由の子孫である
|
研磨係 |
| 2026-06-27 | 支持 | C→B |
現行『マカロニアンドチーズ』を独立した米国料理として定着させたのは18-19C初頭の米国で、Randolph『The Virginia House-Wife』(1824)が米国初の出版レシピである
|
研磨係 |
| 2026-06-27 | 支持 | C→B |
食材ゲート(マカロニ・チーズ)は18C植民地交易で米国に恒常充足し非律速。律速は場/様式(米国定着)。1937クラフト箱入りは普及で成立ゲート外(#95)。下限1769<マカロニ到来(1769幅?–1789)で矛盾なし
|
研磨係 |
| 2026-06-29 | 反証 | D→D |
🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ) Jefferson(またはHemings)がマカロニ&チーズを発明/米国に初導入したという俗説
|
研磨係 |
| 2026-06-29 | 反証 | D→D |
🚫 この記述は後の検証で訂正された(→ 該当行へ) Jefferson自筆maccaroniレシピ(ca.1787)はHemings発明の物証になるか
|
研磨係 |
| 2026-06-29 | 支持 | B→B |
現行マカロニ&チーズの米国定着年代(18C末-1824)とJefferson期の関与
|
研磨係 |
| 2026-07-12 | 不明 | B→B |
パスタ状の練り生地(lagana/tracta)は古代ローマのアピキウス(1-5C)に実在し、5.I.3 PVLTES では tracta を乳(lac)に割り入れる=パスタ生地技法の古代前史。ただしチーズ(caseum:1.XXXIII/4.I-II)は在るがpasta+cheeseを結合した料理はアピキウスに無く、pasta+cheese料理の成立はローマでなく中世(14C Liber de coquina)以降
|
研磨係 |
| 2026-10-02 | 反証 | B→B |
Raffald『The Experienced English Housekeeper』(1769)のマカロニはベシャメル系ソースで焼く現行形で、クリームとチーズのソースで焼いたマカロニである
|
研磨係 |
| 2026-10-02 | 反証 | D→D |
1802年にカトラーが記録した『マカロニという名のパイ』は玉ねぎ/エシャロット入りの濃い皮の料理だった
|
研磨係 |
| 2026-10-02 | 支持 | B→B |
Randolph『The Virginia House-Wife』のマカロニはマカロニ・チーズ・バターを層に重ねて高温で焼く3材料の料理である
|
研磨係 |
| 2026-10-02 | 反証 | D→D |
米国議会図書館は、ジェファーソン自筆のマカロニのレシピを1787年頃のものとしている
|
研磨係 |
| 2026-10-02 | 支持 | D→D |
財団は、自筆のマカロニのレシピは奴隷料理人の誰かの口述の可能性が高いとし、例にジェームズ・ヘミングスとイーディス・ハーン・フォセットを挙げる
|
研磨係 |
| 2026-10-02 | 反証 | D→D |
イーディス・ハーン・フォセットが1787年頃にマカロニのレシピを口述しえた
|
研磨係 |
| 2026-10-02 | 支持 | D→D |
ジェームズ・ヘミングスは1784年から1789年までパリにいた
|
研磨係 |
構成素材
この料理を構成する素材の成立史へ。「成立史は準備中」の素材はまだページがありません。