食材から辿る / 在来

エビ 素材 時期 C検証済

エビが、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

在来食材。世界の沿岸や水域に棲む野生の甲殻類で、獲って茹でたり焼いたりすればすぐ食べられ、人が食べ始めた年は一つに置けない。日本では、縄文時代のはじめごろの長七谷地貝塚からハマグリなどの貝殻と魚の骨が多く見つかっているが、そこにエビは挙がっていない

3ゲート

食材入手ゲート
在来(世界の沿岸に広く分布・漁獲で入手/家畜化されず)
調理技術ゲート
加熱(茹で・焼き)=入手と同時に食用可
場ゲート
沿岸集落・家庭(日本では縄文時代のはじめごろの長七谷地貝塚から、ハマグリなどの貝殻と魚の骨が多く見つかっている。エビは挙がっていない)

エビはどこから広がったか

エビは、育てられも飼い慣らされもしないまま食材になった。世界じゅうの海岸と汽水域、川や湖にまで広く分布する甲殻類で、獲れば手に入る。作物のように栽培化の年があるわけでも、家畜のように飼育の始まりがあるわけでもない。土地の水辺に住みついている生きものであり、水辺のある土地では古くから食べものだった。

しかも、手当てがほとんど要らない。殻ごと火に近づければ赤く色を変え、そのまま食べられる。毒を抜く必要も、あく抜きも、発酵させて可食にする工程も要らない。

貝塚に残る水辺の暮らし

日本では、縄文時代の貝塚が水辺の暮らしの古さを伝えている。青森の長七谷地貝塚は縄文時代のはじめごろの貝塚で、ハマグリなどの貝殻や魚の骨が多く見つかっている。海沿いの人びとは、早くから海の幸に頼って暮らしていた。ただ、この列島でエビがいつから食べられてきたのかは分からず、始まりの年を置くことはできない。

フンボルト海流の岸で

太平洋の反対側でも事情は変わらない。ペルーの海岸は、南から上がってくる冷たいフンボルト海流のおかげで世界でも指折りの豊かな漁場で、インカ以前の沿岸の人びとは早くからこの海に頼って生きていた。エビもこの岸の海にもとから棲む生きものだが、その頃の人びとがどれほどエビを獲っていたのかまでは、はっきりしない。

エビには、伝わってきた年がない。ある土地に届いた日付を書き込める食材ではない代わりに、水辺のあるところならどこでも、記録の残らない古さで人の食卓にのぼってきた。移動したのは、エビではなく、それを獲って食べる人のほうだったのである。

各地への伝来 2

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 時期不明 ペルー太平洋岸 在来
  • 時期不明 日本 在来加工

エビの到来が成立を縛った料理 1

エビが届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

成立年不明 1

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。この食材の到来が下限を与えることは変わらないが、料理の側の成立年はまだ決まっていない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

  • 苺海老 日本 遅くとも 1912 年までに

エビを使う料理 37

成立年不明 4

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

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