食材から辿る / 旧大陸

鶏卵 素材 時期 C検証済

原産地 東南アジア ・ 成立年代 前1250〜

鶏卵が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。

家畜鶏(セキショクヤケイ Gallus gallus を家畜化した Gallus gallus domesticus)の成立と同時に得られる副産物。明確な家畜鶏骨の最古はタイ中部バン・ノンワットの前1650〜前1250年(Peters et al. 2022)で、保守下限=前1650/代表=前1250。ただし『食材としての鶏卵』=周年産卵する群れから継続的に採卵する段階の確証は約900年下り、前400年ごろの中央アジア(バシュ・テペ等)の多量の卵殻(Peters, Best et al. 2024)、ヘレニズム期レバント・マレシャの採卵型飼養(雌:雄=2:1、Perry-Gal et al. 2015)、前4世紀のアリストテレス(雌鶏は60個産む/エジプトの糞堆による人工孵化)が最古級。入手可能年(前1250)と食用資源としての確証年(前400ごろ)に開きがあり、成立年は一点に定まらない

3ゲート

食材入手ゲート
家畜鶏の成立。鶏卵は家畜鶏(Gallus gallus domesticus)が居れば自動的に得られる副産物で、入手成立は鶏の家畜化に還元される(原産地=東南アジア・前1650〜前1250年/Peters et al. 2022・到来台帳 鶏卵@東南アジア 在来は前1250年)。ただし野生原種セキショクヤケイは年1回・1腹6個程度の季節産卵で、食料資源としての量的成立には周年産卵(季節性の喪失)が要る。その最古の物証は前400年ごろ中央アジアの多量の卵殻(Peters, Best et al. 2024・到来台帳 鶏卵@中央アジア 交易路は前400年)
調理技術ゲート
加工不要(在来知)。殻を割って生食・加熱するだけで食べられ、特別な器具・技術を要さない。塩蔵・灰漬け・皮蛋などの保存加工は後代の別事象
場ゲート
飼養家禽からの自家採取=食材入手と同年に成立し、場ゲートは退化(鶏舎・庭先=食卓)。ただし初期の鶏は闘鶏・供犠・威信財(exotica)として扱われ、卵と肉の経済的利用が確認できるのはヘレニズム期レバント(マレシャ 前4〜前2世紀、Perry-Gal et al. 2015)以降=家庭・大衆の日常食としての定着はこの段階

鶏卵はどこから広がったか

鶏卵は、それ自体が栽培も家畜化もされない。鶏がいれば手に入る副産物であり、卵の歴史は鶏の歴史にぶら下がっている。その鶏——セキショクヤケイを飼い慣らした家畜の鶏——の骨がはっきりした姿で出てくる最も古い場所は、東南アジアである。タイ中部のバン・ノンワット遺跡では、紀元前1650年から前1250年ごろの層から家畜鶏の骨が出ている(ペータースらの2022年の研究)。卵という素材がこの世に存在しはじめるのは、この時点からである。

年に一度しか産まない鳥

ただし、鶏がいることと、卵が食べものになることのあいだには長い隔たりがあった。野生のセキショクヤケイは年に一度、六個ほどの卵を抱くだけの季節産卵の鳥で、その群れから継続して卵を取ることはできない。卵が食料になるには、季節に縛られず産み続ける性質——周年産卵——が要る。初期の鶏が何のために飼われていたかも、いま考えられているのとは違う。闘鶏に使われ、供犠に捧げられ、珍しい鳥として持つこと自体に意味があった。卵と肉のために飼い慣らされたわけではないのである。

採卵の暮らしを示す最も古い物証は、鶏の骨より約九百年新しい。紀元前400年ごろ、中央アジアのバシュ・テペなどの遺跡から、大量の卵殻が層をなして出土する(ペータース、ベストらの2024年の研究)。人が卵を割り続けた跡である。同じころ、地中海の東でも採卵の飼い方が見えてくる。ヘレニズム期レバントのマレシャでは、鶏の群れの雌雄比が二対一で成鳥が主体という構成が読み取れ、肉ではなく卵のために飼われていたことを示す。文献の側では、紀元前4世紀のアリストテレス『動物誌』が、雌鶏は抱卵の前に多いもので六十個を産むと記し、エジプトでは卵を糞の堆に埋めて孵化させると伝えている。

船に載った鶏

鶏卵はその後、鶏そのものと一緒に世界を移動した。日本では江戸時代の初め(17世紀)に卵を調理して食べるようになったが、まだ貴重なものだった。台湾へは清代の初めから中頃にかけて、漢族の移住とともに家禽が持ち込まれた。大西洋の向こうでも同じことが起きる。メキシコの鶏はスペイン人が持ち込んだもので、それまで土地の家禽は七面鳥や鴨などだった。遅くとも16世紀後半には、メキシコに鶏がいた。南米にも、スペイン人とポルトガル人が鶏を運び込んでいる。オーストラリアには1788年、最初の入植とともに家禽が渡った。その年の5月に判事コリンズが入植地全体の家畜を数えた目録には、馬・牛・羊・山羊・豚と並んで、鶏122羽、ひな87羽、家鴨35羽、鵞鳥29羽、七面鳥18羽が挙がっている。メキシコでも、南米でも、オーストラリアでも、鶏は海を渡る人とともにやってきた。卵はその副産物として、行った先ごとに台所へ入っていったのである。

各地への伝来 9

各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。

  • 前1650〜前1250頃 東南アジア 在来在地栽培
  • 前1200〜前1000頃 中国 交易路
  • 前400頃 中央アジア 交易路
  • 1600〜1700頃 日本 在来流通
  • 1683〜1850頃 台湾 在来
  • 1788〜1790頃 オーストラリア 植民地交易流通
  • 時期不明 コロンビア・ベネズエラ 新大陸交換
  • 時期不明 メキシコ 新大陸交換
  • 時期不明 香港 在来

鶏卵の到来が成立を縛った料理 5

鶏卵が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。

成立年不明 3

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。この食材の到来が下限を与えることは変わらないが、料理の側の成立年はまだ決まっていない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

鶏卵を使う料理 12

成立年不明 1

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。

  • ルンピア フィリピン 遅くとも 1924 年までに

← ほかの食材を見る