食材から辿る / その他・調査中
豆腐 素材 時期 C検証済
豆腐が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
中国で成立した大豆加工食品。確実な文献初出=965年ごろ、陶穀『清異録』小宰羊条(青陽県の市で毎日買える廉価な肉代替として『小宰羊』と呼ばれた)。したがって遅くとも10世紀には市販食品として定着していた。前2世紀の淮南王劉安発明説は12世紀の朱熹に始まり1578年『本草綱目』で定着した後代帰属(反証)、後漢起源の唯一の物証とされた打虎亭漢墓画像石も摹本の不忠実が判明して成立しない(反証)。唐代成立の可能性は否定できないが確実な史料は10世紀に始まるため成立時期は『唐末〜五代・宋初、遅くとも965年』とし、代表値965年。日本へは1183年(春日社『中臣祐重記』の唐符)、朝鮮へは高麗末14世紀に伝播
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 大豆(Glycine max)=中国原産の在来作物で、遅くとも前3000年ごろの東アジアで栽培(Lee et al. 2011)。原産地では自明に入手可能で入手の律速にならない。凝固剤(塩滷=苦汁の塩化マグネシウム/石膏=硫酸カルシウム)も製塩の副産物・鉱物で在来に入手可能。よって食材入手ゲートは非律速
- 調理技術ゲート
- 律速。①大豆を水に浸漬し②磨(回転石臼)で挽いて豆乳を得て③加熱・濾過し④凝固剤(塩滷・石膏)を加えて蛋白質を凝固させ⑤圧搾脱水する複合加工。大豆と石臼は漢代までに揃うが『豆乳を凝固させる』工程の獲得が成立を決める。文献に確実に現れるのは965年ごろ(『清異録』)で、遅くともこの頃には豆腐が作られていた。凝固の着想の由来は偶然凝固説/北方の乳凝固技法模倣説(篠田統1971)/インド伝来説が並立し未解決(起源説の項で併記している)
- 場ゲート
- 都市・県城の市(マーケット)で日常的に売買される廉価な食品として10世紀に確認される=宮廷の奢侈品でなく庶民の肉代替(『小宰羊』)として成立。あわせて仏教寺院の精進食が需要基盤。場ゲートは食材・技術に対し非律速
各地への伝来 3
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 1183頃 日本 交易路
- 965頃 中国 在来加工
- 1300〜1392頃 朝鮮半島 交易路
豆腐の到来が成立を縛った料理 1
豆腐が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
成立年不明 1
成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。この食材の到来が下限を与えることは変わらないが、料理の側の成立年はまだ決まっていない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。
- 牡蠣豆腐あんかけ 日本 遅くとも 1914 年までに