食材から辿る / 新大陸(コロンブス交換)
インゲン豆 素材 時期 B検証済
インゲン豆が、いつ・どこで食べ物として成立し、各地へどう伝わったかをまとめています。 原産地での成立を3ゲート(食材入手・調理技術・場)で示し、その後の各地への到来を記録でたどります。
インゲン豆(Phaseolus vulgaris)はメキシコ西部とアンデス南部で別々に栽培化された。直接年代の測られた最古の栽培型は、ペルーのグアヒタレロ洞窟で出た種子(放射性炭素年代4,300年前・較正約5,000年前=前3050年ごろ)で、遅くともこのころにはアンデスで栽培されていた。メソアメリカで最古のものはメキシコのテワカン谷のさや(較正約2,300年前=前350年ごろ)。栽培化の始まりはこれらより古いとみられるが、年は分かっていない
3ゲート
- 食材入手ゲート
- 栽培化=食材入手。新大陸在来で、メキシコ西部とアンデス南部で別々に栽培化された。直接年代の測られた最古の栽培型はペルーのグアヒタレロ洞窟の種子(較正約5,000年前=前3050年ごろ)、メキシコではテワカン谷のさや(較正約2,300年前=前350年ごろ)。栽培化の始まりの年は分かっていない
- 調理技術ゲート
- 乾燥豆の水戻し・煮る調理。豆の栽培化と同時に成立(可食化に特殊技術を要さない)
- 場ゲート
- 在地の食として成立=食材入手と同年。栽培化=食用が自明の豆で場ゲートは退化(捏造しない)
インゲン豆はどこから広がったか
インゲン豆(Phaseolus vulgaris)は南北アメリカの原産で、いまでは世界じゅうで食べられる豆だが、その始まりは一か所ではない。アンデスとメソアメリカという遠く離れた二つの土地で、別々の人々の手によって、たがいに独立に畑の作物になった。
二つのふるさと
ひとつのふるさとは南米アンデスである。ペルーのグアヒタレロ洞窟からは栽培型のインゲン豆の種子が出ており、放射性炭素で測った年代を暦の年に直すと、およそ5000年前、紀元前3050年ごろのものにあたる。遅くともこのころには、アンデスで豆が栽培されていた。もうひとつのふるさとは、はるか北のメソアメリカ、いまのメキシコである。メキシコのテワカン渓谷で出た栽培型のさやは、およそ2300年前、紀元前350年ごろのもので、このころには豆がすでに畑にあった。この二つは、どちらか一方から広まったのではない。インゲン豆はメソアメリカと南米アンデスで並行して栽培化された(ゲプツの2014年の解説)。同じ解説は、出土した豆から得られるこうした年代は、栽培化が始まった時期より新しく出ている見込みが高いとも述べている。畑の作物としての始まりは、二つの土地のどちらでも、これらの年代よりさらに前にさかのぼるとみられる。
大西洋を越えて
インゲン豆が旧大陸へ渡るのは、コロンブス以後の大西洋を越えた作物のやりとり——いわゆるコロンブス交換——とともにである。最初の導入はスペインとポルトガルで起きたと考えられており、新大陸からイベリア半島へ豆が渡った最も早い年は1493年とされる(マイヤーズらの2022年の研究)。1506年より後まで入らなかったとする見方もあるが、同じ研究は、豆の種もトウモロコシと同じころに非公式に持ち込まれたとみている。スペインとポルトガルの在来の品種では、アンデス型のものが圧倒的に多い。ヨーロッパで確かな記録が現れるのは1532年からで、その十年後の1542年には、ドイツの植物学者フックスの本草書(薬草や植物を図とともに解説した書物)にインゲン豆が描かれた。これがヨーロッパで最初のインゲン豆の図とされている。
旧大陸各地への定着
イベリア半島に入ったインゲン豆は、そこからさらに旧大陸の各地へと広まっていった。確かな記録の始まる1532年には、ピエーロ・ヴァレリアーノが北東イタリア・スロヴェニア・ダルマチアの協力者たちとともに、豆を育てて種を採る試みを始めたことを書き残している(ビトッキらの2023年の研究)。やがて豆は黒海沿岸や西アジアにも伝わった。ヨーロッパに入ったのちの豆は、在来の系統どうしが交わったり、土地の環境に合わせて選び直されたりしながら、それぞれの土地の品種へと姿を変えていった。アフリカ東部の高地の畑で、新大陸のインゲン豆が広く一般的な作物になるのは、さらに遅く、18世紀から20世紀にかけてのことだったとされる。
二つの大陸で別々に生まれたこの豆は、こうして大航海時代を境に旧大陸へ渡り、数百年のうちに世界じゅうの食卓の常連となった。
各地への伝来 20
各地で食べ物として定着した時期の記録です。地域によっては、それに先立つ物理的な到来(観賞用など、食用より前の前史)が含まれることがあります。
- 前1500〜1500頃 チリ 在来
- 前500頃 プエルトリコ 在来在地栽培
- 前100〜1000頃 コロンビア・ベネズエラ 在来在地栽培
- 1250〜1300頃 ニューイングランド 在来
- 1492頃 インド 新大陸交換
- 1493頃 イラン 新大陸交換
- 1493頃 ジョージア 新大陸交換
- 1493頃 スペイン 新大陸交換
- 1493頃 バルカン半島 新大陸交換
- 1493頃 ポルトガル 新大陸交換
- 1500〜1600頃 カーボベルデ 新大陸交換
- 1500〜1600頃 ケニア 新大陸交換
- 1500〜1600頃 東アフリカ 新大陸交換
- 1600〜1700頃 ギリシャ 新大陸交換在地栽培
- 1652〜1750頃 南アフリカ 植民地交易
- 1718〜1800頃 ニューオーリンズ 植民地交易
- 時期不明 ブラジル 在来在地栽培
- 時期不明 ペルー 在来在地栽培
- 時期不明 メキシコ 在来在地栽培
- 時期不明 メソアメリカ 在来
インゲン豆の到来が成立を縛った料理 16
インゲン豆が届く前には成り立たなかった料理です。到来年が、その料理の物理的な下限になります。
- サッコタッシュ 米国1250年ごろ
- ラジマ 北インド1492年ごろ
- ゴルメ・サブジ イラン1493年ごろ
- タヴチェ・グラヴチェ 北マケドニア1493年ごろ
- ファバダ スペイン1493年ごろ
- プレブラナツ セルビア1493年ごろ
- ペイシーニョス・ダ・オルタ ポルトガル1493年ごろ
- ボブ・チョルバ ブルガリア1493年ごろ
- マニストラ クロアチア1493年ごろ
- ルビア・ポロ イラン1493年ごろ
- ロビオ ジョージア1493年ごろ
- マハラグウェ ケニア1500年ごろ
- カチュッパ カーボベルデ1502年ごろ
- ファソラダ ギリシャ1600年ごろ
- レッドビーンズ・アンド・ライス 米国ルイジアナ1718年ごろ
- ムキモ ケニア1880年ごろ
インゲン豆を使う料理 24
- ポロトス・グラナードス チリ400年ごろ
- シチュー・ピーズ ジャマイカ1500年ごろ
- ライス・アンド・ピーズ ジャマイカ1500年ごろ
- アロス・エ・フェイジョン ブラジル1530年ごろ
- タク・タク ペルー1532年ごろ
- トゥトゥ・デ・フェイジョン ブラジル1600年ごろ
- フーゼレーク ハンガリー1600年ごろ
- ベイクドビーンズ 米国ニューイングランド1650年ごろ
- ウムンクショ 南アフリカ1655年ごろ
- パエリア スペイン・バレンシア1750年ごろ
- ガジョ・ピント コスタリカ/ニカラグア1774年ごろ
- アロス・マンポステアオ プエルトリコ1800年ごろ
- ブランズウィックシチュー 米国南部1828年ごろ
- ラ・バンデーラ ドミニカ共和国1844年ごろ
- チリコンカン 米国・テキサス1850年ごろ
- バニーチャウ 南アフリカ・ダーバン1860年ごろ
- カサード コスタリカ1900年ごろ
- バンデハ・パイサ コロンビア1900年ごろ
- チャカレロ チリ1930年ごろ
- ダルマカニ 北インド1950年ごろ
- チャカラカ 南アフリカ1950年ごろ
- ミッションブリトー 米国・サンフランシスコ1960年ごろ
成立年不明 2
成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。 「遅くとも◯年までに」はその年までに存在したことが押さえられているという意味で、その年に成立したという意味ではない。
- レッド・ピーズ・スープ ジャマイカ 年代不明
- ロクロ アルゼンチン 年代不明