食文化圏 / 中東・北アフリカ

イラン・ペルシア料理の成立史

中東・北アフリカの食文化圏「イラン・ペルシア」に属する料理 26 品の成立史。 いつ・どこで成立したかを、3ゲート(食材入手/調理技術/場)・確度2軸・検証ログで根拠まで辿れます。

この食文化圏の指紋 DB由来のデータ集計(装飾でなく事実)

この圏に特徴的な食材全圏平均より偏って多く現れる律速食材(=この圏に特徴的な素材)。汎用食材は突出しないので外れます。

  • 全圏平均の約 67.96 倍・8 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 8.5 倍・2 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。
  • 全圏平均の約 3.14 倍・3 品で律速(=この圏で偏って多く使われる食材)。

成立年代の分布成立年代の分布(最古 前1000 年〜最新 1925 年)。

  • 先史・古代 3
  • 中世 4
  • 近世 4
  • 近代 1
  • 現代 1

食材は在来か外来か律速食材が在来(もとから現地にあった)か、外来(交易・開国・植民地交易などで届いた)かの比率。

在来 3 外来 17

所属する料理 26

  • 定番 ゴルメ・サブジ イラン 1493–1900 時C説B

    パセリやフェヌグリークをたっぷり炒めた濃い緑のシチュー、ゴルメ・サブジはイランの食卓を代表する一皿だ。数千年前の古代王朝から受け継いだ料理と語られることもあるが、いまの定番の姿は、新大陸から腎臓豆が海を渡って届いたあとにようやくかたちになった。

  • ゼイトゥーン・パルヴァルデ イラン 前1–? 時C説B

    カスピ海に面したイラン北部ギーラーンの前菜。塩蔵したオリーブを、ザクロ蜜とくだいたくるみ、ニンニク、土地のハーブで和える一皿だ。素材はどれも古くからこの土地にあったのに、料理としての最も古い記録は近代にまで下る——その時間の開きが、いつ生まれたのかを見えにくくしている。

  • ファルーデ イラン 400–900 時C説D

    細い米でんぷんの麺をローズウォーターのシロップと削り氷に合わせた、ペルシアの冷たい菓子。「世界最古のアイス」と謳われがちだが、確かな足跡が残るのは古代ではなく中世である。

  • アーシュ・レシュテ イラン 1000–1600 時B説B

    豆と香草を煮込んだ濃いスープに手延べの平打ち麺を沈めた、イランの縁起料理。麺が「運命の糸」を象徴しノウルーズに始まったという言い伝えは民俗の意味づけで、年代を語るのは17世紀の詩人が饗宴の献立にこの名を書き込んだ一句のほうである。

  • ポロウ(ペルシア) イラン 1000–1600 時B説C

    米を一度茹でてから蒸し上げ、一粒一粒をふっくらと立たせるペルシアのポロウは、のちに世界へ広がるピラフ一族の祖型である。だが「名医アヴィセンナが恋煩いの王子に滋養の薬として与えたのが始まり」という有名な話は、伝説として語られるもので、同時代の記録による裏づけは示されていない。

  • ルビア・ポロ イラン 1493–? 時C説C

    緑インゲンの莢と米、挽肉を炊き合わせるイランの家庭料理。「古代から王侯に愛された由緒ある一皿」という触れ込みをよく見かけるが、主役の緑インゲンは新大陸生まれで、コロンブスの航海より前の旧世界にはどこにもなかった。

  • ターチン イラン 1500–1881 時C説B

    ターチンは、サフランで金色に染めたヨーグルト漬けの米を型に押し焼きし、皿に返すと黄金のケーキのように立ち上がるペルシアの米料理である。鍋底のおこげ「タディグ」としばしば混同されるが、これは宮廷の米料理が磨かれるなかで生まれた、別の一皿だ。

  • フェセンジャン イラン 1500–1700 時C説D

    ザクロとクルミを煮詰めた濃く甘酸っぱいソースに鶏を沈めた、イランの祝祭の煮込み。「古代アケメネス朝から続く料理」とよく語られるが、その名と姿が文献に確かめられるのは、ずっと後の時代である。

  • アブグーシュ(ディジ) イラン 1783–1900 時B説C

    羊肉とヒヨコ豆をことこと煮た素朴な肉汁は、14世紀の詩にもう「アブグーシュ」の名で顔を出す。ジャガイモの溶けこんだ今日の壺煮込みディジはずっと若いが、その芋をイギリス使節が持ちこんだという有名な由来譚のほうは、同じ時代にペルシアを歩いた当人が「まったくの作り話」と切って捨てている。

  • ジュージェ・キャバーブ イラン 1789–1865 時C説B

    ジュージェ・キャバーブ(サフランに漬けた若鶏の炭火串焼き)を「古代ペルシア以来の料理」とする言い伝えは、串焼きという技法の古さと、この名物料理が形をとった時期を取り違えたものである。若鶏を串で炭火焼きにする調理は19世紀半ばのイランで記録に残るが、サフランに漬けた名物の一皿としての形は、都市のキャバーブ料理店の外食文化のなかで整っていったとみられる。

  • キャバーブ・バルグ イラン 1800–1900 時C説B

    羊や牛の薄切りフィレを玉ねぎ汁とサフランでマリネし、平串で炭火にかけるイランのキャバーブ。19世紀のカージャール宮廷が「発明した」という有名な起源話は、近代の外食のなかで様式が整ったことを、料理そのものの発明にまで押し広げた誇張である。

  • バスタニ イラン 1925–? 時B説C

    バスタニ・ソンナティは、サフランとローズウォーター、ピスタチオを効かせたイランのクリーム系アイスクリーム。「起源は前500年の古代ペルシャ」という話がよく語られるが、古代にさかのぼるとされるのは雪や氷にシロップをかける別の冷菓で、乳とクリームを撹拌して凍らせる今日のバスタニは20世紀のテヘランで生まれた。

成立年不明 13

成立の下限(いつ以降か)が史料から決まらない料理。年代順には置けないのでここへ分けた ── いちばん古いという意味ではない。

  • サブジ・ポロ イラン 遅くとも 1595 年までに 時C説B

    年の最後の晩、ノウルーズ(春分の新年)を迎える前夜に魚とともに食卓に上る香草のポロ(重ねて蒸す米飯)が、サブジ・ポロである。この習わしが神話の王ジャムシードの世に始まったという言い伝えを支える記録は無く、たどれるのは16世紀末のサファヴィー朝の宮廷料理書に載る「緑のポロ」からである。

  • ゼレシュク・ポロ イラン 遅くとも 1595 年までに 時C説B

    甘酸っぱい紅いバーベリー(ゼレシュク)をサフランの米と合わせるゼレシュク・ポロは、古代ペルシアから続く料理だと語られることがあるが、古代にこのポロを記した記録は無い。バーベリーのポロは、遅くとも1594〜95年には、シャー・アッバース1世の料理人がまとめた宮廷の料理書の、酸味のポロの章に載っている。

  • ターディーグ イラン 遅くとも 1848 年までに 時C説C

    鍋底で黄金色に焼き付いた米のおこげ、ターディーグ。「カージャール朝の宮廷で偶然の残り物から生まれた」という物語がよく語られるが、おこげは米を油脂で炊けば必ず生じる副産物であり、単一の発明時点を持たない。

  • キャバーブ・クービデ イラン 遅くとも 1865 年までに 時C説B

    叩いた挽き肉を平串に握りつけ、炭火で焼くイランの国民的キャバーブ。「2500年前のアケメネス朝の兵士が盾で焼いた」という古代起源説も、「カージャール朝の王が外遊先で着想して発明した」という近代起源説も、今の形の料理がいつからあったかを取り違えている。

  • シリン・ポロ イラン 遅くとも 1884 年までに 時C説C

    サフランで色づけた米に、砂糖漬けのオレンジの皮やニンジン、アーモンド、ピスタチオを重ねて蒸すイランの甘い炊き込み米、シリン・ポロ。古代ササン朝の王の好物だったという由緒は記録に拠りどころをもたず、名前とともにたどれる最も古い姿は、19世紀末の宮廷料理書が婚礼の宴の料理として挙げたものである。

  • チェロウ・キャバブ イラン 遅くとも 1884 年までに 時B説B

    炊いた米のチェロウに串焼きのキャバブを添える、イランで広く食べられている一皿。16世紀の料理書には姿がなく、以前からあった二つの料理をカージャール朝期に合わせた新しい料理とされ、遅くとも1883〜84年には宮廷料理人の料理書に王の食事として載っている。

  • ホレシュ・キャラフス イラン 遅くとも 1964 年までに 時C説B

    ホレシュ・キャラフスは、セロリと肉を弱火で長く煮込むペルシアの家庭料理である。名の知れた考案者も、有名な発祥伝説もない。1964年の料理書に載るよりずっと前から、イランの家庭の食卓で作られてきた一皿である。

  • モラサ・ポロ イラン 遅くとも 1974 年までに 時C説C

    モラサ・ポロ(「宝石で飾られたポロウ」の意)は、宮廷の饗宴を彩ったイランの色鮮やかな米料理である。サファヴィー朝の宮廷で完成した一皿として語られてきたが、ペルシャ文化の専門事典は、いま作られている蒸しポロウの流儀はカージャール朝期に始まったらしいと記しており、この一皿が姿を整えた時代そのものが定まっていない。

  • バガリ・ポロ イラン 年代不明 時C説C

    バガリ・ポロは、米にソラマメとディルを重ねて蒸し上げるイランの祝いご飯。サファヴィー朝の宮廷で生まれたともいわれるが、その由緒を伝える当時の料理書は見つかっておらず、中東からコーカサスに広く分布する同系の米料理の一つでもある。

  • ホレシュ・ゲイメ イラン 年代不明 時C説B

    黄割りエンドウと賽の目肉を干しライムで煮込むこのペルシアの家庭料理は、名前からしてテュルク語の「刻み肉」に由来する。今おなじみの赤いトマト色は、近代に加わった新しい装いにすぎない。

  • ホレシュ・バーデムジャーン イラン 年代不明 時C説B

    ナスと肉を未熟ブドウ果汁や干しライムの酸味で煮込むこのペルシアの家庭料理は、赤いトマト味が定番の今の姿からは意外なほど古い。主役のナスは中世のペルシアにすでに根づいた食材で、料理の芯はトマトが伝わるはるか前にできあがっていた。

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